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福岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)32号 判決

原告 八尋繁夫 ほか四名

被告 国 ほか二名

代理人 福田孝昭 調所和敏 ほか一六名

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一求めた裁判

一  原告ら

(主位的請求)

被告福岡県収用委員会(以下「被告委員会」という。)が、昭和六三年五月三〇日付で原告らに対してした別紙物件目録記載(一)ないし(三)の各土地を収用する旨の裁決(六三福収裁第五号。以下「五号裁決」という。)及び同目録(四)ないし(六)の各土地を収用する旨の裁決(六三福収裁第六号。以下「六号裁決」という。)を、いずれも取り消す。

(予備的請求)

1 被告国は、原告八尋繁夫に対し金四〇万円、同八尋和子、同八尋雄平、同八尋繁美、同八尋文子に対しそれぞれ金七〇〇万円及びこれらに対する昭和六三年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告福岡北九州高速道路公社(以下「被告公社」という。)は、原告らに対し、それぞれ金二〇〇万円及びこれらに対する昭和六三年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告ら

1  本案前の申立て

(一) 被告国

原告らの被告国に対する訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

(二) 被告公社

原告らの被告公社に対する訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案に対する申立て(被告らに共通)

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、原告らが、主位的に、被告委員会に対し同委員会のした土地収用裁決の取消しを求め(主位的請求)、予備的に、被告国及び同公社に対し土地収用に因る損失補償金の増額及びこれらに対する被告国及び同公社の土地所有権取得の日の翌日である昭和六三年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている(予備的請求)事案である。

一  争いのない事実等

1  一般国道三号は、北九州市門司区老松町を起点として、福岡市、熊本市を経て、鹿児島市城山町に至る主要幹線道路であるが、昭和四〇年ころから、福岡市街地及びその周辺地域を中心とする人口の増加、産業の集積及び社会経済活動の活発化等に伴う自動車輸送需要の増大により、随所で交通量が増大し、幹線道路としての機能の低下がみられ始めた。そこで、昭和四三年、国の直轄事業として、都市計画街路別府香椎線に接続する福岡市博多区榎田一丁目地内を起点として、現一般国道三号の東側を南下し、途中、福岡県太宰府市水城地内で九州縦貫自動車太宰府インターチェンジと交差し、福岡県筑紫野市大字永岡地内で現一般国道三号に接続する一般国道三号のバイパス(以下「福岡南バイパス」という。)建設計画が立てられ、右事業は、昭和四四年から着手された。また、昭和四六年に福岡都市高速道路の計画が立てられ、翌昭和四七年から事業が着手された。このうち、福岡都市高速道路二号線については、昭和五一年に事業に着手されたが、昭和五六年に計画が一部変更され、福岡市博多区豊一丁目以南は、福岡南バイパスと同一ルート上に整備されることとされた。

(この事実は当事者間争いがない。)

2  一般国道三号改築工事(以下「本件バイパス事業」という。)は、前記福岡南バイパス建設計画のうち、都市計画街路別府香椎線と交差する福岡市博多区榎田一丁目地内から、一般県道東光寺竹下春吉線と交差する同区半道橋二丁目地内に至る延長一七二七メートルの改築工事である。当該区間の改築工事に当たっては、福岡南バイパスを道路構造令(昭和四五年政令第三二〇号)に基づく第四種第一級の標準幅員二八・五メートルの六車線道路とし、都市計画街路清水上牟田線を上牟田交差点(以下「本件交差点」という。)において接続するように計画された。本件交差点西南部には、交差点手前より、福岡南バイパスから都市計画街路清水上牟田線に左折する車両の交通を確保するための左折導流路(以下「本件左折導流路」という。)が設けられた。

また、歩行者及び自転車等利用者に対する安全確保のため、本件交差点に一部斜路付きの横断歩道橋(以下「本件歩道橋」という。)が計画された。さらに、車道外には、道路交通環境を良好なものにするよう植樹帯を設けるとともに、歩行者及び自転車交通を自動車交通から分離し、安全かつ円滑な交通を確保するため、自転車歩行者道が計画された。

なお、右区間においては、福岡南バイパス上に前記福岡都市高速道路二号線(福岡都市計画道路事業一・六・二都市高速道路二号線新築工事。以下「本件高速事業」という。)が高架で計画された。

(この事実は当事者間に争いがない。)

3  本件バイパス事業用地の取得は、昭和四九年度に着手され、昭和六〇年度末までに大部分完了していたところ、別紙物件目録記載(一)ないし(六)の各土地(以下「本件係争地」という。)の所有者であるところの原告らとの間においては、土地価格の評価に不満がある等の理由から取得交渉は妥結に至らなかった。そこで、起業者である被告国は、昭和六一年五月一六日、土地収用法一六条の規定に基づき事業認定庁である建設大臣に対し、事業認定の申請を行った。

福岡市長は、同法二四条の規定に基づいて公告し、関係書類を縦覧に供したが、この間利害関係人からの意見書の提出はなく、建設大臣は、昭和六一年七月二八日、同法二六条による事業の認定(以下「本件事業認定」という。)の告示をした。

被告公社収用に係る土地(別紙物件目録記載(四)ないし(六)の各土地)については、昭和六二年四月一六日、都市計画の事業認可の告示がされた。

(この事実は当事者間に争いがない。)

4  被告国は、本件バイパス事業につき、起業者として、昭和六二年六月一六日、被告委員会に対し、原告ら所有に係る別紙物件目録記載(一)ないし(三)の各土地の収用裁決を申請し、被告委員会は、これを昭和六二年度第三号裁決事件(以下「第三号裁決事件」という。)として受理し、昭和六三年五月三〇日、右各土地を収用する旨裁決(五号裁決)した。

(この事実は当事者間に争いがない。)

5  五号裁決は、原告らに対する損失補償額を、有限会社東洋モータース(以下「東洋モータース」という。)の借地権につき存否不明として、別紙補償金目録(一)記載1及び2のとおり、二通りの金額を示して定めた。

(この事実は当事者間に争いがない。)

6  被告公社は、本件高速道事業につき、起業者として、昭和六二年六月一六日、被告委員会に対し、原告ら所有に係る別紙物件目録記載(四)ないし(六)の各土地の収用裁決を申請し、被告委員会は、これを昭和六二年度第四号裁決事件として受理し、昭和六三年五月三〇日、右各土地を収用する旨裁決(六号裁決)した。

(この事実は当事者間に争いがない。)

7  六号裁決は、原告らに対する損失補償額を、別紙補償金目録(二)のとおり定めた。

(この事実は当事者間に争いがない。)

8  五号裁決及び六号裁決(以下、五号裁決と六号裁決との両者を併せて「本件裁決」という。)はいずれも、昭和六三年六月六日、原告八尋繁夫及び同八尋和子に、また、翌七日、同八尋雄平、同八尋繁美及び同八尋文子にそれぞれ送達された。

(この事実は当事者間に争いがない。)

9  本件係争地付近の概要

本件係争地は、別紙上牟田交差点付近見取図記載のとおり、福岡南バイパス(総幅員四〇メートル。なお、前記のとおり同バイパス上には福岡都市高速道路が計画されている。)と都市計画街路清水上牟田線(幅員二二メートル)が鋭角に交差している三叉路の交差点である本件交差点の南側に位置している。本件係争地上には、福岡南バイパスの車道、路肩、植樹帯及び自転車歩行者道が設けられ、また、本件交差点には、本件歩道橋が設置されている。

(この事実は当事者間に争いがない。)

10  なお、別紙上牟田交差点付近見取図記載のとおり、福岡市道東二整三一号線(以下「本件市道」という。)が、本件左折導流路に乗り入れるべく設けられている。

(この事実は〈証拠略〉によって認めることができる。)

11  本件交差点のような広幅員かつ複雑な構造を有する交差点を歩行者や自転車等が平面横断することは、横断者にとって著しく危険であるし、信号制御による自動車交通の渋滞が予想されることから、歩行者、自転車、乳母車、車椅子等が本件交差点を立体横断できるようにするため、道路構造令及び立体横断施設技術基準(昭和五三年三月二二日建設省都市局長、道路局長通達)に基づき、立体横断施設である横断歩道橋として本件歩道橋の設置が計画された。その昇降方式については、階段のほか斜路を設けることとし、本件交差点の形状、交通の流れ等を考慮して、西南部の昇降部を基点にして、そこから南北方向及び東西方向にそれぞれ歩道橋を設けることとされた。

そして、本件歩道橋の西南部昇降部の構造については、ループ式斜路と計画された。

(この事実は当事者間に争いがない。)

二  主たる争点

1  主位的請求について

(一) 本件裁決におけるいわゆる不明裁決の適否

(1) 原告ら

本件裁決は、東洋モータースの借地権につき存否不明として、別紙補償金目録(一)記載1及び2のとおり二通りの金額を示していわゆる不明裁決をしているが、起業者である被告国も東洋モータースの借地権は存在していないとしており、また、関係資料からみても右借地権が存在しないことが明らかであるにもかかわらず、審理を尽くすことなく、安易に不明裁決をしている点において、裁決固有の瑕疵がある。

(2) 被告委員会

六号裁決においては、不明裁決はされていない。

五号裁決に関する審理の過程において、収用する土地の区域の一部に、原告らと関係人である東洋モータースとの間に借地権の存否につき争いのあることが明らかになったため、被告委員会は、当事者双方から意見等の提出を求めたり、現地を調査するなどして審理を尽くしたが、結局右借地権の存否を確定するに至らなかったことから、一応借地権があるものとして裁決し、併せて、裁決後にその権利が存しないことが確定した場合に土地所有者が受けるべき補償金をも裁決したものである。

(二) 本件事業認定の適否

(1) 原告ら

ア 円滑で安全な交通を確保するという事業目的に照らし必要最小限の土地収用にとどめるべきところ、次のイで述べるとおり、右目的に照らして本来不必要で著しく贅沢な設備である本件歩道橋西南部昇降部のループ式斜路は、土地収用法二〇条三号所定の「土地の適正かつ合理的な理由に寄与するもの」ということはできず、その設置を肯認した点において、本件事業認定は違法なものである。そして、右ループ式斜路の設置を認めたために、広範囲の土地を収用し、本来不必要な土地まで収用する結果となったものであって、右事業認定に関する違法は、本件裁決に承継されるため、当然に本件裁決も違法となるものである。

イ 本件事業認定の違法性について

〈1〉 本件歩道橋西南部昇降部の位置については、左折導流路の曲線半径を小さくすることによって、もっと東側の位置でよいことになるはずであり、そうすれば買収面積も少なくてすみ、事業費も軽減されるはずである。

〈2〉 本件歩道橋西南部昇降部の構造については、ループ式斜路とすると、直線式斜路と比較して、製作費用が高く買収面積も増え、事業費が嵩むので、直線式斜路とすべきであった。

〈3〉 本件歩道橋の東南部昇降部及び西北部昇降部については直線式斜路とし、斜路の反対側の利用者は遠回りしなければならない構造となっており、この部分については利用者の利便が図られていないにもかかわらず、西南部昇降部に限ってループ式斜路にして利用者の利便を図る特段の事情はない。

〈4〉 本件歩道橋西南部昇降部についてはループ式斜路としなくとも他に代替可能な計画案が考えられるが、そのような代替案が検討されていない。

〈5〉 そもそもループ式斜路は、九州に二か所しかないという異例な構造であり、しかも右二か所の設置場所はいずれも大きな交差点であって、本件交差点のような小さな交差点にループ式斜路を採用する合理的根拠はないし、計画上、収用面積を少なくする工夫もされていない。

(2) 被告委員会

ア いわゆる違法性承継論について

一般に、行政行為に公定力が認められる根拠は、行政目的を早期に達成し、国民の行政に対する信頼を保護し、行政上の法律関係の安定を図ること、すなわち、公益を実現すべき行政行為の機能を現実的に保障することにあり、違法性の承継を認めることは、先行の行政行為に存する違法原因を後行の行政行為の取消訴訟において、その取消原因として主張することを許すことになり、公定力の本質的部分に反することになる。また、違法性の承継を認めると、後行行為がされたことにより、その違法事由として先行行為の違法を主張することができるから、法が出訴期間の制限を定めて、もはや先行行為の違法を主張して当該処分の効力を否定することができないものとした趣旨と相容れないこととなって、著しく不合理である、仮に、事業認定取消訴訟が提起され、その後に収用裁決が出され、次いで収用裁決の取消訴訟が別に提起されているという場合を想定すると、事業認定が適法と確定した後に、収用裁決取消訴訟の判決においてそれと矛盾するような判断が出される可能性があり、実務上混乱が生ずることも考えられる。

さらに、事業認定に関する土地収用法一七条、二〇条及び二六条一項並びに収用裁決に関する同法四七条、同条の二、四八条及び四九条等の諸規定に照らすと、法は、収用委員会に対し、先行行為に当たる事業の認定が適法なものであるか否かについての審査権限を与えていないし、その審査義務を課してもいない。収用委員会自体、事業認定の適否を審査する資料も持ち合わせていない。したがって、収用裁決の取消訴訟においては、事業認定の適否は審判の対象とはならないのである。そこで、被告委員会は、本件事業認定が適法であることを前提として収用裁決の申請について審理を開始し、本件裁決をしたのである。他方、被収用者の権利保護の観点からしても、法は、事業認定申請書等の縦覧や利害関係人の意見書の提出、事業認定の告示等の諸制度(同法二四条ないし二六条の二、二八条の二)及び事業認定についての不服申立て制度(同法一二九条、行政事件訴訟法三条)も用意している。そうすると、本件訴訟においても、裁決に固有の違法のみの主張を許すだけで十分であり、事業認定の違法の主張を許さないとしても、被収用者に不利益を課することにはならない。

イ 本件事業認定の適法性について

〈1〉 本件歩道橋西南部昇降部の位置について

前記のとおり、本件交差点西南部には本件左折導流路が設けられている。その設計速度については、福岡南バイパスの設計速度が毎時六〇キロメートルであることを前提に、交差点の安全性確保の観点から、設計速度の差を大きくとも毎時二〇キロメートルに抑え、毎時四〇キロメートルとした。また、その曲線半径については、設計速度毎時四〇キロメートルに相応する視認性や道路線形を確保するのに必要な曲線半径が三〇メートル以上とされているため、これに五メートルの余裕をとり、三五メートルとした。さらに、視距については、設計速度が毎時四〇キロメートルであることから、四〇メートルとした。以上のような本件左折導流路の設計は、道路構造令等に則した合理的なものであり、これらの設計に基づいて決定された本件歩道橋西南部昇降部の位置は合理性を有するものである。

〈2〉 本件歩道橋西南部昇降部の構造について

昇降部の構造をループ式とするか直線式とするかについては、特にこれを定めた規定や基準はなく、当該交差点における交通の状況、沿道の利用状況、地形の状況等とともに機能面及び経済面を総合して個別的に決定されるものであり、計画の合理性の判断は、第一次的には、専門技術的な判断を基礎とする事業認定庁の裁量に委ねられているものと解すべきである。

これを本件ループ式斜路についてみると、機能面においては、昇降部が斜路の長さの分だけ交差点から離れた位置に設けられる直線式構造に対して、ループ式構造では昇降部が一か所となり、しかもその出入口が交差点に近接して設けられるため、複数方向の利用者の利便を確保できること、本件交差点の場合、交差点南側に本件左折導流路に乗り入れる本件市道(福岡市道東二整三一号線)が存する事情があり、当該市道を通行する車両の支障とならないようにするためには、直線式斜路の場合は通常よりも約二五メートル余分に斜路が必要となるなど、本件歩道橋利用者の迂回の距離及び沿道利用に与える影響が大きいのに対し、ループ式斜路によれば、いずれの方向の交通に対してもその対応が可能となり沿道画地を阻害することもない。また、経済面においても、西南部昇降部の南側及び西側に直線式斜路を二本設ける場合に比較して、ループ式斜路とするほうが経済的である。

〈3〉 本件歩道橋西南部昇降部の位置及び構造と収用範囲との関係について

ループ式斜路の場合と直線式斜路の場合における原告ら所有地の収用面積の範囲に及ぼす影響を比較した結果は、ほとんど差異がない。

2  予備的請求について

(一) いわゆる主観的予備的併合の可否(本案前)

(1) 原告ら

国及び公社と収用委員会の関係については、これらの当事者は形式的には異なっているものの実質的には同一である。また、訴訟資料については、被告収用委員会において、収用の可否と損失補償金額の双方について併行して審理されてきており、本来ある程度の共通性があるのであって、法が救済方法を異にしているからといって、収用裁決請求と損失補償金増額請求との併合まで禁じたものとは解されない。逆に、当事者の実質的同一性や背景にある紛争の同一性からすると、併合を許すほうが訴訟経済に適っている。さらに、主観的予備的請求の被告とされた者も、別訴を提起される場合に比べて特に不利益、不安定な地位に置かれるものではなく、上訴手続関係も複雑なものとはならない。

(2) 被告国及び同公社

原告らの被告国及び同公社に対する請求は、原告らの被告委員会に対する請求が認容されない場合の予備的請求であって、いわゆる主観的予備的併合に当たるものであるが、以下の理由から、かかる訴訟形式は許されない不適法なものである。すなわち、行政主体である被告委員会と行政機関たる被告国及び公法人たる被告公社の三者関係は、実質的同一性があるとはいえず、かかる関係当事者間での主観的予備的請求の被告とされた者は、応訴上著しく不安定、不利益な地位に置かれることになり、原告の保護に偏するものであるし、上訴手続関係も複雑なものとなる。しかも、両請求の審理内容は、収用裁決取消請求が損失補償金以外の理由による裁決の取消しを求めるものであるのに対し、損失補償金増額請求は、その算定金額の当否を争うものであるため、判決の基礎となるべき訴訟資料等を異にし、請求の併合による訴訟経済を図ることもできない性質のものであるからである。

(二) 損失補償額の適否

(1) 原告ら

本件係争地の地価は、一平方メートル当たり少なくとも二〇万円であるから、これに対する損失補償金は別紙補償金目録(三)記載1及び同目録(四)記載1のとおりとなる。

(2) 被告国及び同公社

本件係争地について、土地の種別ごとに土地の状況がおおむね類似する地区(状況類似地区)を区分し、状況類似地区ごとに標準地を選定し、これを評価して、その単位面積当たり評価額に比準して状況類似地区内において取得する土地の単位面積当たり評価額を求めるという手順に則して評価算定をしたものである。すなわち、当該地域は、倉庫、物流関連業、中小工場及び一般住宅等が混在している状況にあり、また、都市計画法上は「工業地域」に指定されているが、このような現況等から、当該地域の最有効使用を中小工場及び倉庫等の敷地と判断し、「中小工場地域」と認定し、次いで、当該地域において土地価格形成上最も標準的な画地を選定し、その土地評価に当たっては、近傍類似の地域における取引事例から比準して求めた価格、同賃貸事例から求めた収益価格及び地価公示地から規準した価格、さらには別途不動産鑑定士による鑑定評価格を徴するなどして標準地価格を求め、この価格から比準して、対象地の更地価格を求めたものである。

なお、被告国起業に係る土地(別紙物件目録記載(一)ないし(三)の各土地)と被告公社起業に係る土地(同目録記載(四)ないし(六)の各土地)とでは、土地価格の評価の時点(価格時点)が異なるために土地評価額が異なっているものである。

(三) 残地補償率の適否

(1) 原告ら

何の役にも立たないような不整形かつ狭隘な残地(福岡市博多区半道橋二丁目五六番二、五五番二、六三番二。以下「本件残地」という。)しか残されていないので、その実質的な価値は皆無に等しく、残地補償率は一〇〇パーセントが正当であるから、その割合による損失補償金は別紙補償金目録(三)記載2のとおりとなる。

(2) 被告国

収用する土地の一部は、従前原告らが、東洋モータースに賃貸し、同社が自動車整備工場の敷地として使用していたものであったが、本件事業の実施によって、本件残地は三角形の狭隘な地形となる結果、従前の機能の確保が困難となったので、これを他目的に転用することとなるため、残地が合理的な移転先とならない場合の損失補償として残地補償を行ったものである。

第三判断

一  争点1の(一)(本件裁決におけるいわゆる不明裁決の適否)について

1  本件裁決のうち六号裁決において、いわゆる不明裁決がされていないことは弁論の全趣旨により明らかである。

2(一)  前記争いのない事実等に〈証拠略〉を総合すれば、次のような事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

福岡市博多区半道橋二丁目六三番地三(別紙物件目録記載(三))及び同番地二の土地上に東洋モータース所有の作業場建物があり、同建物は保存登記されていた。

被告委員会は、五号裁決に係る第三号裁決事件について、昭和六二年八月二一日に第一回審理を、同年九月一八日に第二回審理をそれぞれ行い、第二回審理にて一旦結審した。

しかし、昭和六二年一〇月三〇日、被告委員会会議における第三号裁決事件の裁決方針協議の際、被告国が東洋モータース所有の右作業場建物の敷地についての賃借権、使用借権その他の土地に関する権利の存否及びそれに伴う補償について何ら触れていないことに疑義が出され、改めて起業者、土地所有者及び東洋モータースのそれぞれの意思を確認して権利関係を確認すべく、審理を再開することとした。

昭和六二年一一月二五日の第三回審理において、作業場建物の敷地に対する東洋モータースの権利関係につき、起業者である被告国及び土地所有者である原告らは、借地権は存在しない旨の意見を述べ、東洋モータースは、作業場建物の底地部分の範囲で借地権が存在する旨の意見を述べた。

その後、原告ら及び東洋モータースからそれぞれ意見書が提出され、昭和六二年一二月一八日の第四回審理において、右意見書に沿って、原告らは、作業場建物の敷地には借地権も地上権も存在しない旨主張し、東洋モータースは、作業場建物の敷地部分については建物所有を目的とする賃借権が、その余の土地についてはそうではない賃借権が存在する旨主張した。

被告委員会は、昭和六三年四月七日及び同月一三日、東洋モータースの主張する借地権の範囲について現地を調査し、測量を実施した。

被告委員会は、審理における当事者の主張、提出された意見書及び現地調査の結果から、東洋モータース所有の作業場建物の敷地部分について建物所有を目的とする借地権の存否は不明とし、その余の土地について独立の借地権は存在しないと判断し、東洋モータース所有の作業場建物の敷地部分については建物所有を目的とする借地権があると確定した場合及び同じくそれがないと確定した場合の二通りの損失補償額を定めて五号裁決をした。

(二)  収用委員会は、裁決の時期までに土地に関する所有権以外の権利の存否が確定しないときは、当該権利が存するものとして裁決しなければならず、この場合においては、裁決の後に土地に関する所有権以外の権利が存しないことが確定した場合における土地所有者の受けるべき補償金をあわせて裁決しなければならないとされている(土地収用法四八条五項)。しかしながら、収用委員会は、争いのある私法上の権利関係を確定する司法機関ではなく、収用裁決手続は、そのような権利関係の確定を目的としたものではない。したがって、収用委員会としては、収用の対象となる土地の権利関係について関係人の間において争いがないか、又は、一応の審理、調査のうえ確実な資料に基づいて明白な心証を得られた場合でない限り、その土地についての当該権利の存否不明として裁決するのが相当である。

この点、五号裁決について検討すると、前記(一)で認定のとおり、東洋モータースの借地権の存否については、第三回及び第四回の審理においても土地所有者である原告ら及び東洋モータースとの間で双方の主張が対立したままであり、被告委員会は、当事者双方の意見書等の提出を求めたり、現地の調査をするなどして事実関係の把握に努めたものであって、そのうえで、被告委員会が、右借地権の存否について確実な資料に基づいた明白な心証が得られなかったとして、右借地権の存否不明として裁決したことは正当で、適法なものであるというべきである。

二  争点1の(二)(本件事業認定の適否)について

1  いわゆる違法性の承継について

土地収用法は、起業者が事業のために土地を収用しようとするときは、建設大臣又は都道府県知事による事業の認定を受けなければならず(同法一六条、一七条)、建設大臣又は都道府県知事は、起業者の申請に係る事業が法定の要件を充たす場合には、事業の認定をすることができ(同法二〇条)、事業の認定がされた場合には、起業者は、事業認定の告示があった日から一年以内に限り、収用委員会に収用の裁決を申請することができ(同法三九条)、収用委員会は、申請却下の裁決をすべき一定の場合を除いて収用裁決をしなければならない(同法四七条、同条の二)と定めている。このように、土地収用法に基づく事業認定と収用裁決は、相互に結合して当該事業に必要な土地の収用という一つの法的効果の実現を目的とする一連の行政行為であると解することができ、先行の事業認定に瑕疵があって違法であるときは、その違法が承継されて後行の収用裁決も当然に違法となるのであり、したがって、収用裁決の取消訴訟において事業認定の適法性は審理判断の対象となると解すべきである。

この点、先行行為と後行行為とが相互に結合して一つの効果の実現を目的とする一連の行政行為である場合に、先行行為を独立の行政行為として扱い、それに対する争訟の機会を設けている場合であっても、その趣旨は、国民の権利利益に多大な影響を及ぼすような行政行為につき手続をより慎重にして内容の適正を担保しようとしたものと解することができ、独立の行政行為としての先行行為に争訟の機会が設けられていることを理由に違法性の承継を否定することはできないというべきである。また、先行の行政行為が行政事件訴訟法上の出訴期間従過により形式的に確定し、その取消しを求めることができないことになっても、そのことによって先行行為に違法がないことを確定するものではなく、出訴期間の制限を理由に違法性の承継を否定することもできないというべきである。被告らの指摘する裁判の矛盾、抵触の可能性については、弁論の併合など訴訟の指揮や運営により解決可能なものであり、矛盾、抵触の可能性をもって違法性の承継を否定する理由とはならない。さらに、収用委員会自体は、事業認定の適否を審査する権限を与えられていないが、このことから収用裁決の取消訴訟においては事業認定の適否が審判の対象とならないと解することはできず、後行行為をする行政庁に先行行為の適否の審査権限を与えるかどうかは、行政庁相互間の権限の分配の問題にすぎないし、また、仮に、収用委員会が、事業認定の適否を審査する権限を有し、事業認定が違法であるにもかかわらずこれを適法であるとして裁決した場合には、その裁決自体に固有の瑕疵があることになるのであって、むしろ、収用委員会に事業認定の適否の審査権限がないからこそ、違法性の承継を認めざるを得ないことになるのである。そして、収用委員会が事業認定の適法性を主張、立証するために必要な資料を持ち合わせていなくても、必要に応じて事業認定を行った行政庁を訴訟に参加させることも可能であるので、違法性の承継を認めても、被告となった収用委員会に特に不利益な結果となることにはならない。

以上より、違法性の承継を否定する被告委員会の主張は採用することができない。

2  本件事業認定の適否について

(一) 本件歩道橋西南部昇降部のループ式斜路の設置を肯認した本件事業認定が土地収用法二〇条三号の「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること。」との規定に該当する適法なものであるか否かについて、以下検討する。

(二) 前記争いのない事実等に〈証拠略〉を総合すると、次のような事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件交差点は、福岡南バイパスと都市計画街路清水上牟田線とが、交差角約四五度という鋭角に交差する交差点であり、また、本件交差点南部の平成一二年度における計画交通量が一日当たり三万八四〇〇台で、このうち本件交差点南方から都市計画街路清水上牟田線に左折する設計交通量が一時間当たり六五〇台、うち本件左折導流路の設計交通量が一時間当たり五七〇台と推測された。そこで、鋭角交差点における右多量の左折車両の安全かつ円滑な交通の確保のために、自然な走行が可能な曲線半径を持った左折導流路を設けることとした。また、都市高速道路下りランプ降り口が本件交差点の南側直近に設置される計画となっていたため、都市高速道路下りランプから流出してくる直進車両と福岡南バイパス本線南方から本件交差点を左折する車両の錯綜が生ずるおそれがあった。そこで、都市高速道路下りランプの手前で左折車両を分離して交差点における交通の錯綜を避けるとともに、分離した左折車両をそのまま安全かつ円滑に左折させることからも、左折導流路を設けることにした。

(2) 本件左折導流路の設計速度については、福岡南バイパスの設計速度が毎時六〇キロメートルであることを前提として、単路部と左折導流路との速度差が大きすぎると安全性を害するおそれがあり、その設計速度の差は、大きくとも毎時二〇キロメートルに抑えるようにすべきであるとされていることから、毎時四〇キロメートルと設計された。

(3) 本件左折導流路の曲線半径については、その設計速度が毎時四〇キロメートルであり、その出口で一時停止制御される従道路であるところ、これに相応する視認性や道路線形確保のために必要な曲線半径が三〇メートルとされていることから、これに五メートルの余裕をとった三五メートルと設計された。

(4) 本件左折導流路の視距については、その設計速度が毎時四〇キロメートルであることから、四〇メートルと設計された。

(5) 本件左折導流路の幅員については、福岡南バイパス本線の道路構造規格が第四種第一級であることから、セミトレーラー連結車を設計車両として、四・五メートルと設計された。

(6) 本件歩道橋の西南部昇降部の位置は、右本件左折導流路の設計に基づいて決定された。

(三) 右(二)の(1)で認定した事実によれば、本件交差点は、鋭角に交差しているうえ複雑な構造を持っていることから、そこでの交通の錯綜を避け、安全かつ円滑な交通を確保するためには、本件左折導流路を設ける必要があるといえる。

次に、同(2)ないし(5)で認定した事実によれば、本件左折導流路の速度、曲線半径、視距、幅員の設計については、いずれも道路構造令四条、一三条、一五条及び一九条並びにこれを受けた道路構造令の解説と運用(〈証拠略〉)に則して決定されたものであり、それらに照らして合理的なものであるといえる。

したがって、同(6)で認定したとおり、本件左折導流路の設計に基づいて本件歩道橋西南部昇降部の位置が決定されたのであるから、その位置も合理的なものというべきである。

(四) 前記争いがない事実等に〈証拠略〉を総合すると、次のような事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件交差点は、福岡南バイパスと都市計画街路清水上牟田線とが、交差角約四五度という鋭角に交差する三叉路であるところ、本件交差点西南部には、交差点手前より、車両が福岡南バイパスから都市計画街路清水上牟田線に左折するための本件左折導流路が設けられており、また、本件交差点南側には、本件左折導流路に乗り入れる本件市道が設けられている。そして、本件歩道橋西南部昇降部は、鋭角交差点の頂点部分に設置されることになる。

(2) 本件歩道橋は、本件交差点の西南部のほかに、西北部、東南部の二か所に昇降部を有しているが、本件交差点における歩行者、自転車等の流れは、榎田―東那珂間(福岡南バイパスに沿った南北方向)及び榎田―山王間(北方~西北部昇降部~西南部昇降部~西方)並びに相互の横断が予想される。そのため、西南部昇降部については、福岡南バイパスに沿った南方向(東那珂方面)及び都市計画街路清水上牟田線に沿った西方向(山王方面)の二方向からの交通を分担することとなり、斜路が二方向に向かって必要となる。

そこで、本件歩道橋西南部昇降部を直線式斜路とすると、南方向(別紙上牟田交差点付近見取図記載のA斜路)及び西方向(同じくB斜路)という二方向への斜路が必要となる。しかし、A斜路は、これが本件左折導流路に乗り入れる本件市道を通行する車両の支障とならないように設置されるためには、交差点から本件市道を横架するまでは同一の高さで架設したうえ、本件市道を横架した箇所に橋脚を設け、そこから斜路を設置する必要があることから、通常よりも約二五メートル余分に斜路が必要となる。また、A、B斜路という二方向の直線式斜路を設けると沿道画地の利用が約一一〇メートルにわたって阻害される可能性がある。

他方、ループ式斜路は、構造的に昇降部を一か所とすることができ、昇降口を交差点に近接して設けることができるため、複数方向の利用者の利便について同等に確保でき、機能的に、右二方向の交通に対応できるものである。

(3) 本件事業認定が申請された昭和六一年五月現在の事業費については、ループ式斜路の場合は、用地費二億二〇一〇万円(用地面積一七九四平方メートル)、工事費二九九〇万円、計二億五〇〇〇万円となり、直線式斜路(A、B斜路)の場合は、用地費二億〇五三〇万円(用地面積一六七四平方メートル)、工事費六〇六〇万円、計二億六五九〇万円と、それぞれ試算される。

また、ループ式斜路よりも直線式斜路としたほうが、A斜路の着地部分の必要幅及び歩道橋に乗らない自転車歩行者道の必要幅を確保すべきことから、かえって原告ら所有地の収用面積がより大きくなる。

(五) 右(四)の(1)ないし(3)で認定した事実によれば、本件歩道橋西南部昇降部は、鋭角に交わる本件交差点の頂点部分に設置されるものであり、右昇降部は南方向(東那珂方面)及び西方向(山王方面)の二方向からの歩行者、自転車等の交通に対処する必要があるところ、ループ式斜路は、機能的に、二方向の交通に対処できるものである。他方、右昇降部をループ斜路とすると、直線式斜路を二本設ける場合と比較して、沿道の利用阻害が小さく、本件事業認定の申請時における事業費も若干安価となるほか、原告ら所有地の収用面積も小さいものとなる。

とすれば、本件歩道橋西南部昇降部の構造としては、ループ式斜路が直線式斜路と比較して、機能的、経済的にみて、劣後しているものということはできない。

(六) なお原告らは、代替案として、本件歩道橋西南部昇降部を直線式斜路と直線式階段とを組み合わせたものにし、左折導流路と自転車歩行者道をやや交差点寄りにしたもの(以下「甲第一号証案」という。)及び本件歩道橋西南部昇降部の構造はループ式斜路でありながらもその曲線半径を大きくし、自転車歩行者道を本件交差点側に寄せて、昇降口を本件交差点側にし、自転車歩行者道も交差点側に寄せたもの(以下「甲第二号証案」という。)が考えられ、右いずれの代替案によっても収用面積及び工事費を大幅に減少させることができると主張する。

しかしながら、甲第一号証案については、左折導流路を交差点寄りに設置しているため、その曲線半径が小さくなり、設計速度との関係で安全かつ円滑な車両の交通を確保できるか問題があるものといわざるを得ない。また、甲第二号証案については、本件歩道橋西南部昇降部の橋脚の位置が主げたからやや離れたループ本体側にずれているため、構造上の安全性に疑問が残るといわざるを得ない。また、原告八尋繁美は、甲第一号証案あるいは甲第二号証案であれば、本件係争地の収用面積が約二〇〇平方メートル以上削減できると供述するが、〈証拠略〉によれば、右両案による残地の形状も細長い帯状のものにとどまるものであることが認められ、その利用価値が大幅に増加することは窺われず、その他に甲第一号証案及び甲第二号証案が、本件歩道橋西南部昇降部をループ式斜路とする計画よりも優れていると認めるに足りる特段の事情も窺われない。

(七) 以上よりすれば、本件歩道橋西南部昇降部の構造をループ式斜路とする本件バイパス事業の計画は、社会通念上相当であり、土地収用法二〇条三号に該当するというべきである。それゆえ、また、建設大臣が本件事業認定時に他の代替可能な計画について検討したことを窺わせる事情は存しないが、それを検討したとしても、建設大臣の判断が左右されたものとは考えられず、右代替可能な計画の検討の欠如をもって社会通念上妥当性を欠くということはできない。

よって、本件事業認定は適法であり、これを前提とする本件裁決も適法なものである。

三  以上の次第であるから、原告らの被告委員会に対する本件裁決の取消しを求める請求は理由がない。

四  争点2の(一)(いわゆる主観的予備的併合の可否)について

土地収用法一三三条は、収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えは収用の目的物に関する裁決の取消訴訟とは別個の訴訟(当事者訴訟)によるべきものとしているが、損失補償の裁決も収用裁決とともに一個の裁決の一部であり、損失の補償に関する訴えは、本質的には抗告訴訟であるから、本来ならば収用委員会を相手方とする訴訟において審判されるべきものであって、損失補償金増額請求訴訟において被告となる起業者の地位は、収用裁決取消訴訟において被告となる収用委員会のそれと実質的に同一視することができるものといえる。また、損失補償金増額請求は、収用裁決が適法であることを前提とするものであるが、そのための訴訟を収用裁決取消訴訟に予備的に併合できないとすれば、収用裁決と損失補償金のいずれにも不服がある者としては、損失補償金増額請求の出訴期間が裁決書正本送達の日から三か月以内と定められていることから(土地収用法一三三条一項)、収用裁決に取り消し得べき瑕疵があるとしても、収用裁決取消訴訟において敗訴することまでも考慮して、別途、損失補償金増額請求訴訟を提起しておくことが必要となり、無用な訴訟の提起を強いられる結果となる可能性がある。他方、主観的予備的請求の被告とされる起業者としては、訴訟の当初から訴訟に関与しなければならないにもかかわらず、判決において主位的請求としての収用裁決取消請求が認容されれば自己に対する請求について判決を受けることができず、また、主位的請求を認容する判決が確定することにより同意なくして訴訟係属が消滅させられることになる点で、その地位が応訴上不安定なものとなることは否定できないが、損失補償金増額請求について別訴が提起された場合でも、収用裁決取消しの判決が確定すれば、別訴でされた審理、判決は無意味になるのであって、応訴上の不安定さは主観的予備的請求の被告とされる場合も別訴の被告とされる場合も差異がない。むしろ、収用裁決の効果を享受する起業者としても、収用裁決取消請求に直接的な利害を有し、その訴訟に参加し得る地位にあるのであるから、右訴訟の審理に関与させられたとしても特段の不利益を課されるわけではない。むしろ、収用裁決取消訴訟と損失補償金増額訴訟とが別々に提起され、審理、判決されるよりも、損失補償金増額請求について主観的予備的併合の訴えを提起させることのほうが、重複した審理や不必要な審理を避けることができる点で訴訟経済や訴訟促進に適うし、裁判の矛盾、抵触を避けることができ、ひいては、一つの収用裁決に関する紛争を一挙に解決することができるのである。したがって、本件のように収用裁決の取消しと損失補償金の増額を求める場合には、両請求の主観的予備的併合も許されると解するのが相当である。

なお、被告らは、主観的予備的併合を認めた場合に上訴手続関係が複雑なものになると主張する。しかし、第一審において主位的請求である収用裁決取消請求の認容の判決がされ、これにつき上訴された場合、予備的請求である損失補償金増額請求訴訟が移審せず併合関係が維持できないと解しても、主位的請求の判決が確定するまで予備的請求の審理を続行しないなどの措置をとることにより、裁判の矛盾、抵触を避けることができ、また、第一審において主位的請求棄却、予備的請求認容又は棄却の判決がされ、予備的請求についてのみ上訴され、主位的請求棄却の判決が確定した場合にも、併合関係は消滅するが、損失補償金増額請求は収用裁決が適法であることを前提とする以上、両請求の裁判が矛盾、抵触する結果は生じない。したがって、被告らの前記主張は、本件において主観的予備的併合を許さないことの理由とはならない。

五  争点2の(二)(損失補償額の適否)について

1  原告らは、本件係争地の損失補償金を一平方メートル当たり二〇万円として算出し、被告委員会の算定した損失補償金の増額の支払を求める給付判決を求めている。しかしながら、先に説示したように、損失の補償に関する訴えは、収用委員会の裁決に対する抗告訴訟を本質とするものであって、損失補償金の増減を求める訴えには、実質的には、収用委員会のした裁決のうち補償金の部分の変更を求める形成判決を求める趣旨が包含されていると解されるから、本件係争地の損失補償額が適正であることの立証責任は、第一次的には、被告国及び同公社にあると解するのが相当である。

2  〈証拠略〉を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

本件係争地の価格算定に当たり、まず、状況類似地区の区分は、本件係争地を含む近隣地区が都市計画において工業地域及び準工業地域に指定されており、また、土地利用の現状が倉庫、物流関連業、中小工場及び一般住宅等が混在している状況であるとして「中小工場地区」とした。次いで、この近隣地域内において、街路条件、交通接近条件、環境条件、画地条件、行政条件等の土地価格形成要因(個別的要因)が最も標準的な画地として、福岡市博多区半道橋二丁目四二番の宅地九〇七・三六平方メートルの土地を標準地として選定した。右標準地の価格時点は、本件バイパス事業に係る起業地内の土地については、土地収用法二六条一項の規定に基づき事業の認定が告示された昭和六一年七月二八日とし、本件高速事業に係る起業地内の土地については、事業認定の告示がされたとみなされる昭和六二年四月一六日とした。

右標準地の土地価格の算定に当たっては、取引事例比較法及び収益還元法を併用し、前者の方法により、被告国は比準価格一平方メートル当たり一五万一〇〇〇円を、被告公社は同じく一五万二五〇〇円をそれぞれ算出し、後者の方法により、被告国は収益価格一平方メートル当たり一一万四九〇〇円を、被告公社は同じく一一万六二〇〇円をそれぞれ算出した。

次に、右取引事例比較法及び収益還元法でそれぞれ算出された標準地価格を、地価公示地及び基準地の価格で規準し、被告国は、地価公示地「博多七―二」(福岡市博多区博多駅南四丁目一〇三番ほか)を、被告公社は、基準地「県七―一」(福岡市博多区豊二丁目四八番)を価格規準の基礎となる土地として、被告国は一平方メートル当たり一四万五七〇〇円を、被告公社は同じく一三万六七〇〇円をそれぞれ算出した。また、不動産鑑定士による鑑定評価格を徴したところ、被告国は一平方メートル当たり一五万一〇〇〇円、被告公社は同じく一五万二五〇〇円との報告をそれぞれ得た。以上の結果から、被告国は、本件係争地に係る標準地評価格を、一平方メートル当たり一五万一〇〇〇円と、被告公社は、同じく一五万二五〇〇円とそれぞれ認定した。

本件収用の対象となった福岡市博多区半道橋二丁目五五番、五六番の二及び六三番の三筆の宅地は、一体として同一目的に使用されているため、それら全体を一画地として当該画地の土地価格を標準地価格から比準することとした。そして、標準地と右画地についての個別的な土地価格を形成する要因の比較により、街路条件でその接面街路の系統、連続性及び幅員並びに最寄り交通機関との接近性において本件係争地のほうが劣後するとし、その格差率〇・九三一を標準地価格に乗じて、被告国は、本件係争地価格を一平方メートル当たり一四万〇五〇〇円と算定した。また、本件高速事業に係る起業地についても、同様の方法により一平方メートル当たり一四万一九〇〇円と算定した。さらに、本件高速事業に係る起業地内の右同所五四番の土地については、私道敷として利用されているため、土地の効用が通常の土地に比し著しく阻害されていることから、隣接土地の更地価格から五〇パーセントを減価することを相当とし、一平方メートル当たり一四万一九〇〇円の五〇パーセント相当額の一平方メートル当たり七万〇九〇〇円と算定した。

そして、本件バイパス事業に係る起業地内の土地の補償額については、補償金の支払請求がある場合には収用面積及び物価の変動に応ずる修正率一・〇〇八四を乗じた額とし、補償金の支払請求がない場合には同じく修正率一・〇〇一八を乗じた額とした。また、本件高速事業に係る起業地内の土地の補償額については、同じくそれぞれ修正率一・〇〇九二を乗じた額、修正率一・〇〇一八を乗じた額とした。

3  原告らは、本件係争地の地価は一平方メートル当たり少なくとも二〇万円であると主張するが、右価格を認めるに足りる証拠はない。

4  右2で認定した事実によれば、本件係争地の損失補償額の算定方法は、土地収用法第六章、都市計画法七〇条、公用土地の取得に伴う損失補償基準要綱七条及び八条、建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準八条、九条及び同条の二、並びに、これらを受けた建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準の運用方針第一及び第一の二(〈証拠略〉)、土地評価事務要領(昭和四一年一〇月二八日建設省発厚第五九号)(〈証拠略〉)及び「土地評価の事務処理準則」の取扱いについて(昭和五五年六月六日事務連絡)別添一・土地評価の事務処理準則案(昭和五五年六月二日用地鑑定官会議申合せ)(〈証拠略〉)に照らして違法、不相当な点はなく、損失補償額も適正なものであると認めるのが相当であるから、原告らの本件係争地に対する損失補償金の増額請求は理由がない。

六  争点2の(三)(残地補償率の適否)について

1  前記四の1で説示したとおり、本件残地の残地補償率が適正であることの立証責任も、第一次的には、被告国にあると解するのが相当である。

2(一)  本件収用の対象となった福岡市博多区半道橋二丁目五五番、五六番の二及び六三番の宅地計三筆(面積合計一三二二・四七平方メートル)は、その全部を東洋モータースの自動車修理整備工場の敷地として利用されていたが、本件バイパス事業及び本件高速事業によって一二八七・五二平方メートルが収用されることになったため、本件残地の残地面積が三四・九四平方メートルとなり、その結果、中小工場用地としての利用を最有効使用と認定された右土地が、面積及び形状的に有効使用できなくなったため、これに伴う土地の価値の低下等の損失を補償することとなったことは、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠略〉を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

宅地の一部を取得することにより残地に関して生ずる損失額は、標準地の一平方メートル当たりの価格に従前の画地の格差率から当該残地の格差率を控除したものを乗じ、さらにこれに当該残地の面積を乗じて算出することとされているところ、前記四の2のとおり、本件係争地に係る標準地の一平方メートル当たりの価格については一五万一〇〇〇円、従前の画地の格差率については〇・九三一とした。当該残地の格差率については、標準地と本件残地の比較により、街路条件、交通接近条件、画地条件において劣後することによる格差率〇・六三に、画地の一部が収用されることによって従前の画地に存していた建物の合理的な移転先とならないこと等による補正率〇・八〇と残地面積が過小となることによる補正率〇・九五を相乗し、〇・四八一と算定した。

以上から、本件残地に関して生ずる損失額を一平方メートル当たり六万七九〇〇円(一〇〇円未満は切捨て)と算定した。

3  原告らは、本件残地の残地補償率は一〇〇パーセントであると主張するが、右補償率を認めるに足りる証拠はない。

4  右2の(一)の当事者間に争いがない事実及び同(二)で認定した事実によれば、本件残地に関する損失補償額の算定方法は、土地収用法第六章、公用土地の取得に伴う損失補償基準要綱四一条、建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準五三条、並びに、これらを受けた建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準の運用方針第二八(〈証拠略〉)、「土地評価の事務処理準則」の取扱いについて(昭和五五年六月六日事務連絡)別添二・土地評価の事務処理準則を適用する場合の通常損失補償の算定について一項(〈証拠略〉)に照らして違法、不相当な点はなく、損失補償率も適正なものであると認めるのが相当であるから、原告らの本件残地に対する損失補償金の増額請求は理由がない。

七  結語

以上のとおりであって、原告らの被告委員会に対する主位的請求、被告国及び同公社に対する予備的請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寒竹剛 太田雅也 加藤亮)

物件目録〈略〉

補償金目録(一)ないし(四)〈略〉

上牟田交差点付近見取図〈略〉

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